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日本
FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー
「二酸化炭素の資源化」を実現する新たな反応系をデザイン

今回は、東京工業大学 工学院 機械系 野崎研究室 の金デヨン (キムデヨン) さんにお願いしました。

野崎研究室では、非平衡プラズマを活用した触媒作用と新規触媒プロセスの開拓を行っており、in situ分光および計算科学を活用した非平衡プラズマが作用した触媒反応の機構解明や、速度論的解析によるプラズマ反応の特徴を定量的に把握した電子駆動触媒の設計などで数多くの研究成果を発表されています。また、再生可能エネルギーを使って反応活性の高いプラズマ場を形成し,これを触媒反応に作用させた非熱反応の実現にも取り組んでいます。本プレスリリースの研究は、非平衡プラズマを活用した二酸化炭素の還元反応についてで、再生可能エネルギーを用いて二酸化炭素を一酸化炭素、メタン、メタノールといった有用物質に転換する技術の確立が強く求められれています。一方、CO2を振動励起させると、分子オービタルの状態が変化して反応性が著しく高まることが知られていますが、まだ原理検証にとどまっており、実用化への道筋を示すには至っていませんでした。そこで、本研究ではプラズマを使ってCO2を選択的に振動励起する技術と、触媒の開発に取り組むとともに、それらを組み合わせた新たな反応系を開拓しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に公開され、Cover Artにも採択されました。また東工大プレスリリースにも研究の詳細が公開されています。

Cooperative Catalysis of Vibrationally Excited CO2 and Alloy Catalyst Breaks the Thermodynamic Equilibrium Limitation

Dae-Yeong Kim, Hyungwon Ham, Xiaozhong Chen, Shuai Liu, Haoran Xu, Bang Lu, Shinya Furukawa, Hyun-Ha Kim, Satoru Takakusagi, Koichi Sasaki, and Tomohiro Nozaki

J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 31, 14140–14149
DOI: doi/10.1021/jacs.2c03764

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

気候変動や地球温暖化の主要因である二酸化炭素を有用な資源に変える触媒反応による転換技術は多くの注目を集めています。したがって、高いCO2転換効率を実現することは、2050年カーボンニュートラル社会の早期実現の成功を左右する重要な要素です。そのためCO2転換に対して活性の高い触媒を設計することは最も重要な研究課題の一つです。一方、従来の熱触媒反応は熱力学的平衡という物理限界が存在するため、高い活性の触媒であってもCO2の転換を大幅に向上させることは容易ではありません。

我々は、電子温度がガス温度よりもはるかに高い非平衡プラズマを使い(電子温度は数万度でもガス温度は常温),エネルギー的に安定なCO2を振動励起して触媒と作用させる方法に注目しました。プラズマ反応場で高い活性を示すPd2Ga合金触媒の開発に成功し、さらにプラズマ流動層反応器を新たに開発してプラズマと合金触媒の相互作用を高める工夫をしました。その結果、熱平衡限界を超えるCO2還元反応を大きく促進できることを実証しました。プラズマを用いることで,再生可能エネルギーを直接利用して,物質が保有する化学エネルギーに変換することもできます。

プラズマを作用させた状態で触媒反応をその場観察する計測技術を開発し、振動励起CO2分子の触媒表面反応機構を解明しました。一連の実験結果は,DFT理論計算でも確認することに成功しました。これにより、現象論的な理解を超え、科学に根差したプラズマ触媒反応機構の解明および触媒設計を可能にしました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

まず、電子衝突による振動励起CO2が誘起する非熱反応と、一般的な熱反応を分離することに成功しました。高周波電源を用いることで振動励起CO2の蓄積効果を活用し,触媒温度を上昇させなくても高いCO2転換率が得られることを確認し、さらにアレニウスプロット(図1b)で活性化エネルギーを推定しました。さらに、プラズマを適用しながらその場X線吸収微細構造を実施し、反応中触媒の温度上昇が10 nm以下のスケールでも発生しなかったことを確認しました。これは、観察されたプラズマと合金触媒の協奏効果(図1a)から、プラズマが熱源ではなく、振動励起CO2の供給源であることを示しています。また、振動励起CO2が触媒劣化の原因となる構造的変化も発生させなかったことを確認し、プラズマ触媒反応を工業的に応用するうえで重要な知見を得ました。

図1. CO2転換率(a)、アレニウスプロット(b)。k:反応速度定数、w:触媒充填量。

最先端の分子線研究や計算科学により、振動励起CO2を介した反応促進機構は検証されてきましたが、プラズマから供給された振動励起CO2を適用する方法について研究した事例はほとんどありません。今回の研究の成果は、プラズマを使用することで振動励起CO2を工業的に応用できるように発展させたという点で非常に意味深いと思います。

現代の国際研究は競争的であるため、新しい発見や良い結果を生み出すことはもちろん重要ですが、読者に研究の意味と波及効果を、核心を逃さずにより分かりやすく説明できる高品質の論文を作成することが必要です。そこで私の指導教員の野崎先生と文章一つ一つに工夫を凝らし、実験データを盛り込んだ図もさらに洗練された、オリジナリティーを生かすことができるよう、修正に修正を繰り返して作成されました。

良い実験結果に加えて、今までの細心の努力が、化学分野のトップジャーナルの1つであるJournal of American Chemical Societyに掲載されただけでなく、カバーイメージとして選ばれたことに繋がったと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

反応機構の解明に最も長い時間を費やしました。プラズマと触媒を統合させることで大きな反応促進効果が得られることは知られていますが,ほとんどの研究は現象論的な理解にとどまり,「なぜプラズマで触媒反応が加速されるか」について明確な説明を与えた研究は少ないのが現状です。これを打開するために、本研究では計算科学、最先端計測およびプラズマ科学を融合させて、矛盾のない一貫した成果を通じてプラズマ触媒反応機構の解明に成功しました(図2)。プラズマ触媒反応機構に合理的かつ定量的な解を与え、さらに新概念に基づいた触媒設計指針を与えたことが重要です。

一方、このようなアプローチは高い専門知識を必要とします。私の指導先生の野崎先生、北海道大学の佐々木先生古川先生高草木先生、産総研の金先生の惜しみないアドバイスと助けを借りて無事に遂行することができました。

図2. 本研究で解明されたプラズマ触媒反応機構。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

良い研究を遂行し、権威ある国際学術誌に研究結果を掲載して頂くことは極めて当然の目標ですが、私の挑戦したい次の目標はプラズマを使ったCO2の転換技術の実用化および商用化です。近年、気候変動による被害が深刻化し、炭素中立への関心が世界的に熱くなっています。しかしながら、このような議論は私が生まれる前から始まっています。つまり、CO2 転換技術の実用化と商用化までには容易に解決されないくつかの難問が存在しますが、これらと向き合い続け、賢明に対処できる研究者として成長していきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究の大きな目標を忘れず、忍耐と着実さを持って努力すれば、その目標に近づいている自分が見えてくると信じています。もちろんその過程で困難がないと言えば嘘でしょう。これまでに本研究に関心を持ち、この記事を読んでくださった方々に感謝します。これからご自身が向き合う問題を賢明に克服し、設定した目標に必ず到達してください。

最後ですが、本研究の遂行においていつもモチベーションになってくれた研究室同期のChen、最高の研究環境と高い学問的教えを頂いた野崎先生、北海道大学の佐々木先生、古川先生、高草木先生、産総研の金先生にこの場を借りて深く感謝の気持ちを申し上げます。

流動層の中で誘電体バリア放電を形成した動画 ― 側面から撮影

流動層の中で誘電体バリア放電を形成した動画 ― 上面から撮影